無添加、遺伝子組み換えなし、放射能検査済、自然栽培・無農薬・有機栽培、を揃えています。 

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株式会社たま屋の代表である藤田の「2010年の独り言」です。

アート・デザイン思考で私は生きているのだ、と独自に解釈しています。

思考の発生する原因は、それぞれの社会・生活環境によるのか、脳のつくりの違いなのか。

トップページの「おしらせ」にて、個人または社会で日々起こるできごとをデザイン・アートと繋げて、藤田の脳内でつぶやいたものをまとめました。

 
2010/12/28

ー芸術と生活圏ー

 すでに終わっていますが、今年の11月に東京都内の新丸ビルで、草間弥生の「水玉宇宙の星たち」が7階のフロアで展示されていました。たまたま、お友達とランチに行って見つけた展覧会でした。
 このように、日常の空間で突然アートの展覧会に出会ってしまう、ということはすばらしいことです。
そもそも、アートはこんなふうに急に表れて無差別に語りかけるもの。

数年前に、森美術館で見た草間の展覧会を思い出しました。会場の一室で、彼女の歌が流れていて「♪抗うつ薬飲んで〜」という奇妙な歌詞が耳に蘇った。

16年前、まだ彼女が日本で「売り」路線にだされていなかったときに、NYで作品を見たことがあった。
その当時、まさか、16年後に日本で売り路線へとプロデュースされるなんて考えたこともなく。
日本では、なんとなく知っている人がまれにいても、一般人に知られるこのない現代美術作家なんだろうなあ、とぼんやり考えていた。
その時私は、マンハッタンのアートステューデントリーグに通っていた。草間とジョージア・オキーフがこの美術学校で出会ったということを知り、二人の出会いはどんなふうだったのだろうと想像したことはあったのだが。


 

 
 
 
 
 
 
 



2010/10/16

−芸術と農業−

 本日は,名古屋市東区のロサンゼルス広場近くのビルにて、河名秀郎先生のセミナーに行ってきました。

河名先生は、自然栽培という究極の農法の農作物を一般提供している企業の代表取締役です。
現在、私は月に2回こちらの会社の自然栽培の野菜とお米、みそなどを通販で購入しています。
その前は長年、有機栽培野菜の通販を利用していましたが、栽培方法についてさまざまな疑問等が出てきてやめてしまいました。

 今回のセミナーのタイトルは、「ー肥料がなくても育つのはなぜかー自然栽培のメカニズムを探る」でした。
河名先生の本を2冊読んでいました。そのため、内容が重複すると予測していたのですが、さらに詳しい説明で参加してよかったと思わせてくれるお話でした。
ぼそぼそとお話するイメージがあったのですが、エネルギーに満ち溢れる実業家という印象を受けました。
個人的に落ち込み気味の気分でしたので、河名先生の覇気のある声から元気をもらいました。


 

 このお話を聞いて、農業と芸術の世界が抱えている問題の類似性に気がつきました。

情報の氾濫と、不確かな知識のため、「本物がわかりにくい」ことです。農業も芸術も歴史から学び技術の知識と経験を受けないと、その道の本物を理解することが困難な分野だからです。
芸術は、生きていくためには必要のないものとして扱われていますが、農業の世界は生きていくために誰もが重要な分野です。生産者も消費者も、正しい知識と技術を持つべきです。与えられたものを信用してはいけない時代に入っているのは、この農業の問題だけではありませんが、食は何よりも重要問題です。

また、携わる農業者も芸術家もその道専門では食べられないため、兼業職があるという点も似ています。
 河名先生の農業や食に対する考え方は、宇宙的であり、私が学んだ芸術人類学(中沢新一)とも通じています。
また、西洋哲学の基本である「全ては繋がっている」という連鎖の思考にも似ています。
芸術学は、科学が通じたり通じなかったりと、それでよしとする自由さがあり、科学的に理論構築しなくてよい分野である点から、河名先生の考えは芸術学に通じる面がありそうです。






 なぜ、自然栽培に傾倒したのかというと、環境問題と人体への害を回避できるからです。

 私は3年前に、世田谷区の大平農園という有機栽培の畑に縁農に週1回1年間通っていました。はじめは、本当に農薬なしで野菜ができるのだろうか、と疑っていましたがここでできることを体験しました。大平農園では、落ち葉などの植物系の肥料のみを使っていました。その土の香りのよさはなんともいえません。特に雨の日には、植物たちの命を感じる匂いがしてきます。私の知っている畑の周りはいつも、家畜の排泄物のニオイがしていました。
 環境問題には15年以上前から関心を寄せ勉強してきましたが、現在は地球温暖化一色です。命の泉である「水」についての問題を地球規模で進めることが遅れていることに不安を感じています。これ以上「水」を汚染したら私達は、生きていけません。この問題の原因のひとつにまちがった農業方法があります。
 すでに遅いという学者の意見もありますが、アメリカの政治家ゴアさんの「不都合な真実」の映画のヒットと共に地球温暖化については理解されてきました。地球温暖化対策は、エコという言葉をビジネスに進んではいます。海水・地下水が、工場・家庭の危険な排水、農薬・肥料や畜産の排泄物で、どれだけ危険かという情報がほとんど知れ渡っていません。

 自然栽培方法は、農薬も肥料も使わない農法のため、これ以上水を汚染することがありません。その上、野菜や果物の持つ栄養価の力は、一般栽培や有機栽培と比較して高いのです。ですから、この農法は環境問題と人体に危険な農薬や肥料を入れずにすむ、実にすばらしい方法なのです。河名先生のお話によると、この農法は、数年前にできたのではなく、昭和29年にスタートしたということです。当時、量産するために農薬・肥料を使わせ、農薬肥料を売る側が勝ってしまい、何も使わない(つまり経済効果がない)自然栽培方法は抹殺されてしまったそうです。なんとも、この事件はマイケル・サンデルさんの問う講義「正義とは何か」の道徳哲学で討論できるお話です。河名先生は、農薬も肥料も使わない自然農法はオカルトだと言われる、と話されていました。見識のある人はオカルトという表現はしないし、典型的なステレオタイプの人が使いそうな言葉(先月のDr.Smithのお話同様)ですね。また、この自然栽培は農学の理論と違ってしまうということも話されていました。芸術人類学の理論には当てはまるかもしれません。



 有機栽培の野菜に関心を持って食べている人でも、一般野菜と有機野菜、自然栽培の野菜の違いを明確に知っている人はあまりいません。私も、長年こだわって食べていながら、正しい知識をつけたのはつい最近のことです。追求しだすとそれしか見えなくなる性質から、現在はイロイロと調査・情報収集しています。
 一般栽培
 平均50回ほどの農薬を使用します。25回の農薬使用は、減農薬栽培の扱いになります。化学肥料もさまざまな種類のものが使用されています。最近では農薬のきかないスーパー雑草が出現。人間を悩ませるスーパー耐性菌と同じ問題に農家は苦しんでいます。
 有機栽培
 作物により2年または3年以上に渡り、化学肥料・農薬を使っていないこと。天然由来・土壌改良のための農薬に対しては30種類まで許可されている。有機JAS認定を取得したものには、JASマークがついています。
※これらは、肥料が使われています。一般に肥料は安全と思われていますが、植物系以外のものの危険度は農薬と同レベルです。
 自然栽培
農薬も肥料も使用せず、自然の摂理に沿い農作物を育てます。有機JAS認定を取得したものには、JASマークがついています。


 


2010/9/29

 

−デザインの視点から2.− 

Dr.Smithとの関係
  Dr.Smithは大変優秀な外科医です。メスさばきにも定評があり、看護婦からも信頼されています。Dr.Smithは、救急外来に勤務しており、日夜運び込まれる患者の応対に追われていました。Dr.Smithが夜勤をしていたある日、緊急の連絡が入りました。父親と子供がドライブ中に交通事故に遭い、父親は即死、子供は重体とのこと。やがて救急車が到着。その運ばれた重体の子供を見てDr.Smithはビックリしました。
  なんとその子供は、Dr.Smithの息子だったのです。
  さてDr.Smithと子供の関係は何でしょうか?

 この質問に即答できない人は、ステレオタイプであるといわれています。デザイナーにとっても冷や汗もののステレオタイプ。デザイナーの卵とプロのデザイナーとの間に存在する問題でもあります。心理学の講義などで、教授がよく出す質問としては有名な話です。私は二人の教授から、偶然にもこの話を聞いてしまい、すっかり覚えてしまいました。

 二人の関係は、もちろん親子です。Dr.Smithは女医であり母であり、この交通事故で夫を失いました。
 


2010/8/29




—デザインの視点から1.ー

NHK「ハーバード白熱教室」マイケル・サンデル

 講義の進行と聴講者を巻き込むデザイン・マネジメントされた術に感動した。私は、本物が好きである。
この本物意味とは、その道ひとすじに情熱をかたむけてきたことにより、他人に大きな感動を起こさせる能力のある人物のことである。経験と知識があってこそ人を巻き込むことができる、これは正に私が探究し続けてきた「デザインする」ことである。デザインというと、見た目を変えるものであるとか、クールなものと捉える人が多いが、「人を煽動するもの」である。この春から夏にかけて大人気となったハーバード大のマイケルの政治哲学の講義は、今年私を感動させたできごとの一つとなった。この講義の基となる名著「JUSTICE」の翻訳本が夏に出たときは、価格を気にせず即購入した。価格を気にしないことは滅多にないので、私にとり価値のある一冊となった。

  大学で西洋哲学を学んだときは本当に苦しく、「哲学」という言葉を安易に口にだせなくなった。
勉強すればするほど重くなった。私には哲学を理解する能力に欠けているのではないだろうか?と疑いながらも投げ出さずに継続したある時期、理解しやすい本に出会ったことから楽に入りこむことができた。その本は、今でも大切な一冊である今道知信先生の「西洋哲学史」。西洋美術史を理解するためにも、哲学史を投げ出さなかったことは、今となってもよいことであった。
その基盤があったからこそ、マイケル・サンデルの「JUSTICE」に夢中になれたのだと思う。この講義は、最高にデザインされた講義であった。

ジャスティス・正義とは何か?
 この講義の答えはない。答えのないものを永遠に議論し葛藤することに、人間の英知の意味があるのだ。それは、個人の理論をデザインしていることと同じ意味である。






2010/7/29 
    浜松商工会議所「日本でいちばん大切にしたい会社に学ぶ本当の経営ー坂本光司ー」

 会社とはなんであろうか?
 この答えは多くあるであろうが、まちがった観念で経営している人・勤務している人多いことを、最近痛感していた。本当に、社会で迷惑な中小企業の経営者が多すぎる。なんでこんなにいるんだ、なんとか一掃してもらいたい、などと生意気なことを考えていた。そんな今日この頃に、現在本の売れている坂本先生(法政大学大学院教授)の拝聴した。確かにその通りなんだろうなあ、と考えさせられた内容であった。経営者がよく行なう脱税対策は経営学を学ぶと間違っていることがわかってくる。赤字まみれの会社が15年前から7割という日本の経営者が、日本経済を悪化させているという事実。坂本先生は株式を重要視していない考え方で、現在普通に行なわれているリストラという行為、人を大事にしないことが現在の経済悪化の一つの原因としてとりあげている。経営者を叱りつけるような口調は、なかなかの迫力であった。
 なにはともあれ、「これ以上アホな経営者が増えると益々日本の未来はマジやばである」ということがわかったので、利益の出せるビジネスができないのであれば会社はつくってはいかんのだ。また、使われる側もそれなりの人物にならないとアホな経営者のもとで働くことになる。とはいえ、雇用が悪化している中、会社を選べないという現実もある。






2010/5/28 浜松美術館「古代カルタゴとローマ展」

 市美術館がメディアを大いに利用していた効果があり、平日にも関わらず満員御礼でした。ローマの作品であれば一般的でありますが、なかなか少数派が好む同時代の北アフリカの展覧会でありました。浜松人は、芸術文化関係の情報については、非常にメディア報道に弱い。まだまだ芸術文化の知識を持つ人が少ないことの表れでしょう。なんでもかんでものらされてしまう危険があります。作品の歴史がわかっていないので、せっかく会場に多くの説明員がいても、質問するヒトがいないのが悲しかった。
 BC5〜8世紀という時代のローマの作品は映像や美術書を通してずいぶん見ていますが、カルタゴよりローマの方がやはりすばらしい。ポエニ戦争時代?だと思われますが、人物彫刻の鼻が壊された数々の作品が痛々しかった。
 私にとり、同時代のローマの作品について比較検討をする機会となりました。下のリュシッポスの作品は、ローマのカピトリーノ美術館にあります。浜松市美術館で展示されていたカルタゴの作品と比較してみました。

 

カルタゴ BC2-3 ?          ローマ BC4 リュシッポス(レプリカ)


2010/5/8 マーケティングー顧客とはー

 コトラーの本に「企業のつくりだすモノにより、自分が何がほしいのか自覚する」というような説があった。

 先月、デジカメが壊れてしまい大型家電販売店にて、新デジカメを購入した。目的は、画像を記録に残すことと使い安さのみであった。グラフィックワークにとり画像はメモ書きのようなものです。
デジカメを9年ぶりに買ったこともあり機能の充実と価格の安さには驚いた。PC関係で新しい買物としては、2年前のノートパソコンがある。
これもまた、使うつもりのなかった新しい機能には、ずいぶん助けてもらうこともあるが、無駄な時間を過ごしてしまうこともある。
デジカメは画像の記録として使うことしか考えていなかったが、映像が簡単に撮れメモリーも2Gであり、電池ではなく充電式である気軽さからも、映像が楽しいことを知る。
去年購入したテレビでもパソコンからでも簡単に映像を確認することができる。これらの利用は、テレビもPCもデジカメも購入目的以外である付加価値によるものであった。

 マーケターは「わたしの欲しいものをつくって」という顧客のわがままを聞く企業のご用聞きかと考えていたが、それ以上のことをしていることに青ざめた。
そういう機能があることを知っていながら、自分には必要がないだろうと考えていた付加の部分に、いつの間にか利用者になっている。
これが日々変化する、日常家電生活である。自分にとり必要な内容やモノに対して目的を持っているつもりでいたのだが、企業が市場に送り出すモノから「本当に欲しいものを教えてもらっている」ことを知った。

 これは個人の創造性を伸ばしているのか?個人に創造させなくなる可能性もあるのではないか。
IT関係を日々利用しなくてはならない生活をしているが、個人が私が主体であることを忘れたら危ない。
マーケティングには、顧客である一般人の思考傾向や嗜好も変えてしまう力があることについて、私達は警戒する必要があるかもしれない。
 
     


2010/4/30 マーケティング論

 マーケティングは、デザインに限らず、企業活動においては重要視されておりサマザマな分野の人たちにとり必要な知識。デザインの概念も同じですが、言葉で判断されてしまうと誤解が多い科目です。
マーケティングを市場調査や販売促進という範囲で受け取りがちですが、もっと広域に渡っています。顧客価値を創造し、顧客に価値を伝達し、さらには顧客を説得し納得させるところまでの範囲を基本としています。

 学部で科目を取得したことのあるマーケティング論ですが、実用的で楽しく進められた印象があったことから、再び今年の4月から勉強しています。
その当時は、心理学の科目とクロスして考えることができなかったのですが、再挑戦してみますと並行させながら進めることができて関心度は2倍。
特に消費者行動研究は「知覚と動機」の研究であり、心理学で学ぶ「高次意識機能」の知識を必要とするものでした。そんなことで、しまいこんでいた心理学の学術書などをひっぱりだして、「おー」の連続です。

 社会生活のなかで役立てることを目指して、進めています。


  

2010/4/24(土) ふたりのアーティスト

 乾久子さんの「スタジオ」を訪問しました。現在創作中の作品は、新聞を前面・部分に渡って鉛筆で塗りつぶした表現でした。不透明な現代を表現しており、仕上がりが楽しみです。
アーティストは社会状況をサマザマな方法で表現する伝達者である、という評論家の言葉を思い出しました。去年都内のグループ展においても、新聞に映し出される社会の様子に、アーティスト視点で表現されている作品を発表されていました。
 7〜8年ぶりにスタジオを訪問しまして、すっかりと興奮してしまい写真撮影をお願いすることを忘れまして残念でした。

 下の作品は乾さんのHPで見ることができます。現在の前のスタジオで見た(10年以上前)ときにすごいエネルギーのある作品で印象の強かった作品です。私が今まで見た中では、好きな作品の一つです。私はいつも乾さんの存在から多くのエネルギーをもらっていますので、今後も地元を代表する女性作家として末永く活躍してもらいたいです。



 その後、伊藤みどりさんの「みどりの杜美術館」を訪問しました。現在はお仕事を持たれていますが、数年後には引退して、創作活動とこちらの場所に時間を費やしたいとのことでした。私はチョウ大手企業勤務をした経験がないので長年羨ましく思っています。
 美術館には多くの規律があり、やはり格式と重みがある印象を受けてしまいます。「ホームギャラリー」とした方が、皆さん安心して気楽に訪問できるように感じました。私は美術館で働くために必要な学芸員の資格証書などというものを持っていることもあり、美術館という名称に対して、非常に構えてしまいました。しかし、これらの空間利用に対しては、今後のみどりさんのアートへの情熱を楽しみにしています。数年後には、多くの人に愛される空間になってもらいたいです。

 こちらの作品は、全部みどりさんの作品です。うまくまとまっているため、自然に鑑賞することができました。自分の個展の時にしかこのような体験はできません。自分作品を展示した空間がありますと、何かと発見がありますから、恵まれた環境ですね。
 可能性はゼロではありませが、美術館学芸員として働くのは遠い夢の世界です。コネもなくてはいけないのに、コネは全くなし。この資格を持っていても98%の人が使うことがないそうで。また正確には、学芸員資格は3年間ほど勤務して、はじめて学芸員として認められるそうで。



2010/4/17(土)秋野不矩美術館、本田宗一郎ものづくり伝承館  

 本日は冷え込みますが快晴。4年ぶりに浜松市天竜区にある秋野不矩美術館を訪問しました。晩年の作品は近くで見るといまいちですが、遠くから見ると秋野不矩の世界でまとめられているのに関心しました。一つの自分の世界観を持ち、本当に好きなものを描き続けてきたことが理解できました。できるだけ長生きして、作品を続けることの大切さを再認識。2階の市民スペースでは知合いの人たちのグループ展が行われていたので鑑賞してきました。



 今月よりオープンした、「本田宗一郎ものづくり伝承館」も訪問しました。同じ地区にあり、車で5分ほどでした。
期待していたより小スペースで、独自性のある展示ではないのが残念。
しかし、一番見たかったエンジン付き自転車であるホンダカブF型がありまして、とてもうれしくなりました。
1951年まで生産されていたそうです。ちょうどその時代に、当時の松下電器産業の社長であった松下幸之助が、アメリカ視察後に述べた言葉はデザイン界では有名です。
「これからの商売はデザインやで」そして、少し遅れて本田宗一郎もデザインへのこだわりを重要視しはじめたと言われています。日本のプロダクトデザインが本格的にスタートした、古き良き時代です。

 地元出身の有名人なのですから、もっと大規模な本田宗一郎博物館があってもらいたいのはワタシだけではないでしょうけど。イロイロと複雑な事情があるのようですね。なんとなくですが、彼の自由奔放なエネルギーを感じることができて、とても元気になりました。





2010/4/8 著明な経営学者、カラヴァッジョ   
 
 4/4土曜日に、名古屋にてアメリカのニュージャージー州在住の森田教授(経営学博士)を囲んだ会に行ってきました。
家族がアメリカに居住している関係から、ついにアメリカ国籍になったそうです。
 元弟子達などの実務家が勢揃いで、貴重なお話を聞くことができました。皆さん、それぞれの分野で成功されている方ばかりでした。

現在のように厳しい社会には、経験だけではなく高度な知識を持っていないと成功できない、ということを強く感じました。

私も皆さんを見習って、夢を実現したいです。

 森田教授

 夕方からの会の前に、16世紀イタリアのマニエリスム初期の画家であるカラヴァッジョの映画「カラヴァッジョ」ー天才画家の光と影ーを見ました。
映像が、彼の表現していたアートのイメージであったことに、大きな感動をしました。映画の内容は予想していた以上に重く暗かった。
私が研究した内容や、研究者や講義で知識として持っていた内容とは、異なる部分も多く。
歴史上の人物の素顔を知っている人が現在いるわけでもなく、事実がますます不透明になってしまったな、といったところでした。
キレやすく嫌われがちな性格でしたが、天才であったことは間違いないようです。



 2010/03/29 桜という芸術  

 浜松市内では桜が満開で、浜松城に行ってきました。
お花見に来た人たちは、とてもよい笑顔。桜の花を見て不機嫌な人はいませんね。



2010/03/15  ホームページ作成を開始しました。


 
 
ブラウザはInternet Explorerは使えません。Google Chrome・Microsoft Edge・Firefox・Safariでご利用ください。
 
 

●税込¥18,000以上は送料無料。ネットショップについては弊社の規約がございますので、「ネットショップ利用方法」を確認してから、ご利用をお願いします。

 

 



オーガニック たま屋

〒430-0811

静岡県浜松市中央区名塚町188-3 

TEL・FAX 053-443-9193

 

営業時間/ 10301830
定休日/月・火・水曜日

駐車場/4台

※定休日以外に、臨時休業あります。

  

 

買物かご

 

銀行・郵便振込(先払い、振込料お客様)か佐川急便代引(代引料10万円以内¥330一律お客様)で支払いができます。

カード払いは扱っていません。

 

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