いま、私は現代アートと出会う  浜松市美術館 2026.8.27

 

白髪一雄、草間彌生などの本物の作品を久しぶりに見てみたい、という気持ちにかられて行った展覧会。

 

30年前に熱くなっていた現代作家などが、地元の浜松市美術館で展示されるとは、驚いた。

学校の夏休み期間に関わっている時期とはいえ、混雑していたので驚いた。

現代美術は地方都市で混み合うほどに人気になったのか、本当に受け入れられているのか。

疑問だ。

 

しかし、足を運んで心に残ったのはアンゼルム・キーファーだけだった。

 
 

30年以上前によく見た草間彌生の作品は同じ印象とはいえ、昔はもっと雑だった。

その当時は、日本ではアート活動している人の間でしか知られていないアーティストだった。

日本でプロデュースされるようになってからは、本質は変わらないとはいえ、作品がキレイにまとめられすぎて面白くなくなり、私の心には響かなくなり、存在は希薄になった。

先日亡くなったが、もうすでに私の中では過去の人になっていた。

 

ジョージア・オキーフと草間彌生が通っていたNYの美術学校に憧れて、私は学んだという昔。

今となってはよい思い出だけれど、そんなこともあった、のだ。

 

 

白髪一雄は2008年に亡くなっているので、当然だが昔の作品しかない。

その当時のまま、誰もプロデュースなんてしていない、懐かしい感動だった。

最後に見たのは、東京都現代美術館だったと思う。

 

しかし白髪よりジョーン・ミッチェル、昔の私にあった感覚を見つけて懐かしくなった。

この感覚は理解できるが、今やろうとは全然思わない。

 

関心のかなった中西夏之の作品、目の前にしたら、今の私の体と心にするりと自然に入りこんできた。

 

国内外で有名な奈良美智、村上隆、何かと雑誌やSNSでも話題になる人達。

今の私には、不思議なほどになにも感動も感心も沸かない、うまくやっているなあとは思う。

20年前の私はもっと普通に受入れていたので、アートに対する私の感覚が変わったようです。